岩手に縁のある人の中には知っている人もいるかもしれません。宮沢賢治のふるさととしても知られる岩手県花巻市の市街地中心部に「マルカンデパート」というデパートがありました。ありました、と過去形なのは、先日惜しまれながらも閉店したから。もっとも、惜しまれたのはデパートそのものより、そのデパート最上階にある大食堂だったのですが。
マルカンデパートとは。
マルカンデパート。マルカングループの旗艦店とも思える建物ではあるのですが、実際のところ最上階の大食堂以外は売上は微妙だったようです。地下の食品スーパーは2011年2月で営業を終了、中層階は100円ショップとなっていまして、人気と言いつつお客さんが入っているのは最上階の大食堂くらいだったようです。この辺は閉店の際に色々なところで語られています。
ただ、逆に大食堂はそれらをひっくり返すくらいの人気がありました。寿司からトンカツ、スパゲティにラーメン、和食洋食中華だいたいの食べ物が揃っている万能感、マルカンラーメンやナポリカツなどどこかで見たような気もするけどどこでも見られないオリジナルメニュー、そしてなぜか「箸で食べる」ことが推奨されてしまった10段ソフトクリーム。メニューの多彩さに加えて、歴史のある建物で子供時代連れて来てもらった人が大人になって子供を連れてくるという好循環、デパートの大食堂という全国各地にあったはずなのにいつの間にかなくなってしまった昭和の雰囲気、別にブームでそうしたわけでもないけど時代がついてきたウェイトレスのメイド服。ウェブに限らず、書籍の観光案内でも紹介されるほどのものになっていたのです。
だからマルカングループが老朽化その他で閉店を決めたとき、ネット上でそれが失われるのが嘆かれたのはデパートそのものではなく、大食堂でありました。本当に誰も下層階のことを気にしていなかった。100円ショップの陶器がたまに面白かったりしたのですがその辺はあまり語られない話だったりするのです。
保存運動と、町おこしと、クラウドファンディング
なくなるのが惜しい、というのは、単なる郷愁だけから来るものではありません。中心市街地の商店街でまともに残っているのがこの建物くらい*1ということもありますし、観光案内で紹介される観光資源がなくなるというのはいろいろつらいものではあります。市街地の空洞化に拍車をかけるかもしれない。でも老朽化で耐震工事が必要なのにそれほど売上がない、となれば閉店は致し方ないものとも思えます*2。
ですので、花巻の町おこし関連に関わりの深い会社が存続の検討を発表しました。「リノベーションによるまちづくり」を推進するという花巻家守舎です。ここが、大食堂の経営を引き継ぎつつ、耐震工事を行い、中層階のテナント化で収益を見込むことで存続できるか検討する、と発表したのです。これが今年の3月のこと。そして、「5億から6億かか」り、「融資以外に2億必要」と試算して、その2億の調達のためにクラウドファンディングの利用を発表しました。その後、実際に利用することになったクラウドファンディングが「いしわり」というサイトです。
「いしわり」の有能感
「いしわり」は「若手のネットワークで岩手を盛り上げる」とWebサイトのトップに書かれている感じのNPO法人、wizが運営しているクラウドファンディングサイトです。岩手に関するプロジェクトに関してのクラウドファンディングを募集する、と私は聞いたことがありますが、実際サイトの説明では
「岩手をもっとよくしたい」という思いを持つ人は、法人、個人、団体を問わず誰でもプロジェクトを申請することができます。
いしわり:よくあるご質問
とありますので申請自体は思いさえあれば誰でも出来るようです。とはいえ今まで募集がかかった案件は全て岩手がらみです。
特筆すべきはその成功率*3の高さ。8/31現在で13*4のプロジェクトが掲げられているのですが、成約しなかったプロジェクトはエイプリル・フール企画を除けば1件しかありません。つまり成功率92%。ここに取りあげられるとまあ大体達成率100%以上が約束されていると言っても過言ではないのです。
たぶんそれは「応募したからといって誰でも募集開始できるわけではない」ところから来ているのかもしれません。「よくあるご質問」を見ると、掲載料は無料ですが、掲載に関しては審査があるそうです。また花巻家守舎の方も
様々な面でご協力いただける
【検討結果報告】マルカン百貨店の運営引き継ぎについて
と書いていますので、それなりのサポートもあるのでしょう。実際、そのサポートの一面が現れたこともありました(後述)。
そのサポートがあるクラウドファンディングで、目標2億円を3ヶ月で集めることができるのか。ちなみに、クラウドファンディングのプランは限定なしお礼商品なしの1000円からはじまり、限定10000個の1万円、その上には3万、5万、10万、50万とそれぞれ限定数を少しずつ絞ったプランがあり、上限は100万円(限定50)でした。仮にここにある限定メニューが全て捌けたなら、賛同者は12700人、総計2億7千万の出資が集まることになります。
結果(終了5日前)
このクラウドファンディングはローカルニュースやウェブ上でも話題になりました。マルカンデパートの大食堂には思い入れのあるかたが多くいらっしゃったようで、中には100万の出資を申し出る人もいました。そんななか、8月26日までに集まった金額はいくらかというと「15,383,000円」。1億5千万円ではなく、1500万円です。実はこれはこのサイト上だけで集まった金額ではありません。花巻家守舎がマルカンデパート大食堂存続企画を目的として作った法人「上町家守舎」が「いしわり」にお願いした話には
CF以外の方法で集まったお金もシステム上にカウントする
【マルカン存続PJ】クラウドファンディング開始について
ということもあったようで、その金額を含めた額になっています。クラウドファンディングだけでなくリアルで集めた金額が集まっても目標金額の7%しか集まっていない。そんな状態でした。
そこから1億8千万が積まれるまで
実際のところ、8月17日には
大食堂の営業再開が伸びれば伸びるほど、残りたい意思が揺らぐ
【マルカン存続PJ】8/16時点での進捗報告
という理由で、当初考えた計画の縮小が発表されていました。そこには、
「目標金額の2億円を1億円に引き下げる」ということをしたいのですが、システムの都合上、一度設定した目標金額を変更できない
【マルカン存続PJ】8/16時点での進捗報告
とも書かれていました。で、実際に出来る方法が8月26日に取られた。それが、「1億8千万円を名目上積み増す」ということでした。
2億が1億どころか、2000万になったのですが、まあそれは自助努力なのでしょう。CF以外の方法で集まったお金をカウントできる機能を使って名目上目標金額のかさ上げを行ったのですが、この区別がつきにくいおかげで、
自ら1億8千万円を上積み (魚拓)
岩手日報:マルカン食堂復活へ資金上積み 花巻・上町家守舎
同社が1億8千万円を加算するなど (魚拓)
河北新報:<マルカン百貨店>大食堂17年2月再開
と新聞には書かれていてさらにプレスリリースを積み増すことになるのですが、よく見ると
いくつか誤解を招くような表現がある
【マルカン存続PJ】2016/8/29 本日の岩手日報朝刊について
と言われるほどには新聞のほうも間違っていはいないことがわかります。サイト上に書かれた金額が架空のものか実際のものか、区別されてませんからね。
そして、クラウドファンディングの達成
30日、このクラウドファンディングは100%を達成しました。現在の出資者の内訳を見ると、100万円が1名、50万円が1名、10万円が12名、5万円が45名、3万円が65名、1万円が309名、1000円が201名の総計498名、29日の時点では出資プランのうち1000円が141名で、1万円が141名、3万円が238名、5万円が57名、10万円が10名、それより上は変わらずの400名でしたから、1日でおよそ100人が寄付をして達成したことになります。
面白いのは、この人数の数え方です。現在のサイトを見て数えていただいてもいいのですが、個々のプランに出資した人数の合計と出資者の総計が合いません。現在の内訳では634名、総計は498名と書かれています。100名以上の方が複数のプランに出資したなどの形になるのでしょうか。ただ出資プランは全て上位互換となっているので「8万円出資したいので5万円と3万円に分けて出資した」みたいな方が100名近くもいたのか、なかなかおもしろい数え方をするなあと思います。合計人数、普通は延べ人数で良いと思うんですけどね。
また、この差額の400万円強はクラウドファンディングだけで達成したものではありません。出資者の数と金額を合算すると、クラウドファンディングで集まったのは160万円ほどです。残りは、それまで集まった寄付などの金額などで足したのでしょうか。
リアルタイムではなく、2,3週間に一度の加算となると思います
【マルカン存続PJ】クラウドファンディング開始について
と書かれていたのでたぶんそうなのでしょう。1億8千万円の積み増しの時になぜ足さなかったのかとか言わなくていいと思います。
表向きのオープン感と、そこから出るモヤモヤ感
クラウドファンディングというのは、「事前にできるかわからないが希望の持てるプロジェクト」に対して先行投資をお願いするものです。ですから「目標金額を達成できない場合は出資自体をあきらめる」「出資者の数とその金額はオープンにする」「出資の金額に応じてリターンの約束をする」など、微妙なプロジェクトの後押しをするためのいろいろな約束があります。今回プロジェクト提示者さんの要望もあってそのうち幾つかの条件は緩められましたし、プロジェクトの内容変更にしたがってリターンができないものが発生しました*5。
ただ、計算してみると大々的に書かれている総計とプランごとの人数の合計が違うとか、出資者のプランごとの出資金額の合計が冒頭に出されている合計額と合わないとかいうのは、本気になって数えないとわからないだけでなく、外からの監査的な部分でも微妙なために「なんとなく騙された感」が出やすいものです。目標金額を変えられない、というシステムが本当に必要なのかどうかとあわせて、考えさせられます。
さらに言えば、こういう形で人為的に積み増しされた金額に対して、クラウドファンディングサイト側はいくらの手数料を受け取るべきなのか。こういうのがオープンでなされているなら、サイトのよくある質問に「出資金額の20%」とあってクリアなはずなのですが、この場合はどうか。表向き2億なら4000万なのか、それとも実際の金額の2000万で計算して400万なのか、それとも実際にクラウドファンディングで集まった金額約1000万の20%で200万なのか。上町家守舎さんは
今回CFでのクレジット決済分は約1,000万円程度となっておりますので、運営者に支払うのはこの金額の○%となっております。(魚拓)
【マルカン存続PJ】8/30の最終結果発表
と、いしわりの「よくあるご質問」にある、
協力者募集期間内に目標金額に達成した場合のみ、協力者から支払われた合計金額の20%をいしわり事務局の運営費(システム運営費、クレジットカード手数料含む)として頂戴しています。
いしわり:よくあるご質問
の20%という数字を出されていません。そこがその通りのオープンな話であれば隠すことはないと思うし、まあ計算の分子「1000万円程度」はその線だろうなあと思うのですが、同時に面白いなぁとも思います。
いずれ、動き出しながら検討するプロジェクトに対してクラウドファンディングがどの程度役に立つのか、という点では、いろいろ限界もあるな、と思わされた出来事ではありましたが、それはさておき、今後も最終達成率の高い「いしわり」が活躍することを願ってやみません。