その昔、コンピュータでゲームをやるなんてことは、特別なことでした。そもそもコンピュータなんてものが一般の人の眼に触れることがそんなになかったからです。ゲームと言えば、だいたいは木の板だとか、骨の切れ端だとか、金属のチップとかを使ってやるものでした。
ところが、ゲームを遊びたい人の遊びたい欲というのはとんでもないもので、そんな、コンピュータが一般の人の眼に触れることがなかった時代、いやそれよりも昔から、コンピュータでゲームをしたいという人々は存在しました。配線式で積分計算しかできなかった*1ENIACはともかく、戦後あちこちに作られたプログラム内蔵式の大きなコンピュータにはその歴史とほぼ同じくらい「コンピュータゲームの歴史」がついて回っています。
もちろん、その頃のゲームは今の視点で見れば「こんなこともできるよ」的なデモプログラムとあまり変わりませんでした。それがコンピュータの発達とアイデアの蓄積、そして一般家庭へのコンピュータの普及でそれなりに遊べるゲームになっていった歴史については調べても書ききれないくらいのものです。
テレビゲームとビデオゲーム
そんな、一般家庭にコンピュータが普及してきたあたり、早い話が1970年代以降のことですが、日本では「コンピュータゲーム」は「テレビゲーム」と呼ばれていました。テレビに映すからテレビゲーム、なのです。いっぽう欧米(というか米国)では「コンピュータゲーム」は「ビデオゲーム」の名で呼ばれていました。ホームビデオが普及する前からビデオゲームなのでもちろんビデオというのは「映像録画再生機」のことではない、というか、その機械のことを「ビデオ」と言う事自体が日本なりの略し方なのですが、つまりそれが「テレビゲーム」の方にも起こっていきます。
テレビゲームはテレビのあとに出来たものです。だから「テレビ」と略すわけにはいきません。結果、後半の「ゲーム」という言葉だけでテレビゲームを指し示すことが多くなっていきます。この結果、困りそうになることがおきました。ゲームのほうはゲームで、既に物があったのです。
でも、最初の頃はそれほど問題になりませんでした。テレビゲームはその頃モード切替があるくらいで、「数ある遊戯のひとつ」でしかなかったですから。そのうえ、その後どんどんテレビゲームが発達していくにつれて、「もとからあったゲーム」の方はだんだん廃れていったので、「テレビゲーム」が「ゲーム」を占領してもやっぱり困らなかったんです。
「もとからあったゲーム」が復活してきたこと。
もちろん、「もとからあったゲーム」が絶滅したわけではありません。囲碁や将棋、チェスといったゲームはそれぞれの名で生き残り続けてきました。そうでないゲームも、それなりにヒットしたゲームなら「人生ゲーム」のような名で、シリーズでたくさん作られるなら「パーティージョイ」とか「ポケッタブル」みたいな名前で認識されていきました*2。遊ぶ気のある人は一度買ったら同じゲームを遊び続けますから、最悪「例のアレ」ですら通じるわけですが、だんだん困った予感が顕現してきました。
「もとからあったゲーム」がだんだん発達してきたのです。それは、コンピュータゲームが発達する前後で発生していたRPGであり、ウォーシミュレーションであり、ドイツで日本の比でなく発達してきたあのへんのゲームです。これらは系譜的には「もとからあったゲーム」の発展形です。
この中で一番最初に問題になったのはRPGでしょう。日本で一般的にRPGの知名度を高めたのは「ダンジョン&ドラゴンズ」ではなく「ドラゴンクエスト」です。RPGという名前が「コンピュータRPG」のみを指す名称として広まってしまいました。まあいろいろありましたが、既存のRPGについては「TTRPG」もしくは「TRPG」という名称で呼ぶのが現在は一般的になっています*3。
そして、その少しあとから、「『ドイツから輸入されてきたあのへんのゲーム』をどう呼ぶか問題」が燻ってくるのです。
ドイツゲームとかヨーロピアンゲームとか
日本でも一応ボードゲームの火に薪をくべている人はいました。高橋章子と言えば今google検索しても「たんば」ばかりが出てきますが、「面白くないゲームは好きくない」とばかりにまあいろいろなゲームデザインをしていた人です。ただの双六に酒を一気飲みする指令ばかりを乗せた「乾杯倶楽部」なんてゲームもありました。アメリカンなゲームを輸入しているところは残っていて、ウノや水道管ゲームがそれなりに雑誌で紹介されたこともあります。糸井重里は宮沢りえを誘ってモノポリーに夢中でした。そんななか「ドイツのゲームがちょっと雰囲気違うぞ」と言われだしたのが1990年代初頭で、この辺から「あのへんのゲームどう呼ぶの」問題が燃えだします。
「ドイツゲーム」と呼ぶ人もいました。当時アメリカのものでないあのへんのゲームはだいたいドイツからもたらされたものだからです。でもゲームそのものはドイツ製でも、ゲームのルールを作ったアレックス・ランドルフがイタリア在住だったりして、なんでもかんでもドイツゲームと呼ぶのはどうかな、という感じになって、プレステ2にそのへんのゲームが逆導入されたときは「ヨーロピアンゲーム」なんて呼ばれたりしました。長いので「ユーロゲーム」が良いのでは、なんて言う人もいたような気がします。でも、日本はじめヨーロッパじゃない国でそういうゲームがどんどん作られてきた結果、この辺の呼び方は消滅した気がします。
ゲームボードを囲んで遊ぶゲームだから「ボードゲーム」でいいじゃない、という人はけっこう多くいました。こういう人たちへの反論となったのが「カードゲームはゲームボードを囲まないじゃないか」で、言いがかりに近いながらも説得力はけっこうあるのですが、「ボードゲーム」はだいたいカードを持って遊ぶので「ボードゲーム・カードゲーム」とするのも微妙でした。
「テーブルゲーム」はどうか、という人もそこそこいます。こういうのは混ぜっ返す人が必ずいて、「ちゃぶ台で遊ぶ日本でテーブルゲームとは」とか、まあいろいろあるのですがいまいち普及していない気がします。
「アナログゲーム」「非電源(系)ゲーム」はゲーム雑誌*4あたりから広まっていったような気がします。前者「アナログゲーム」は「デジタルゲーム」の反対語的な造語なわけですが、これには大きな反論がありました。最近も
「アナログゲーム」という言葉は間違っているので使うのをやめませんか、という話です。
やめませんか「アナログゲーム」〜名不正則言不順、言不順則事不成〜
みたいな形で出てきています*5。どっちかと言うと自分はあんまりコンピュータに詳しくない人間が「僕はアナログ人間だからね」と言って逃げるのにムカつく質*6なので言ってることは理解できるのではありますが。
後者「非電源(系)ゲーム」もやっぱり、コンピュータが電源必須とするところからの反対語的な造語です。(系)がつくのは、この名前がついたころからいわゆるエレメカ系のゲームが存在していたところからの整合性のためなんだろうとは思います。今やゲームの判定にスマホがほぼ必須になっているゲームとか普通にありますし、何よりゴロが悪いのであんまり広まらないだろうなあと思います。
そういえば「マルチプレイゲーム」っていう言葉もありました。「マルチプレイ三昧」っていうボードゲーム紹介ムックもあったんですが、これはさっぱり流行らなかったと言うか、ボードゲームの中でも別の意味で「マルチ」っていう用語があるというか、そんな細かいこととは別にマルチ商法っぽい話が入ってきたので使いにくい言葉にはなりましたね。コンピュータゲームもスマホゲー一辺倒になったあたりでも複数人プレイのゲームが増えてきたり、ネットゲームも流行ったりして、ちょっと「コンピュータゲームは1人か2人でするもの」って定義が揺らいでいる面もあります。
逆にそのへんは同じくくりにいれていいの、というものも出てきました。「リアル謎解き」あたりはゲーマーでもハマっている人がたくさんいますが、あれゲームと言うよりはパズルとか言葉遊びですよね。あそこまで包摂する必要があるのかどうかはよくわかりません。
いずれそのうちいい言葉が出てきそうな気がしますが、そこまで争うのもゲーマーの楽しみなのかなと思います。結局ボードゲーマーってコンピュータゲームやらない人ってそんなにいないんですよね。全部融合してしまうかもしれないし。