「カマス理論」を参考にしていろいろ考えることがあった。

最近「カマス実験」とか「カマス理論」というものがあると聞いた。内容は初めて聞くモノだったが、かいつまんでいうと以下の通り。

カマスと餌の小魚を水槽の中に入れて、間をガラスで挟む。カマスは餌を取ろうとガラスにぶつかるうちに、ガラスの存在を学習し、その後ガラスを取り外しても餌に近寄らなくなる。

まあつまり、これを元に、ビジネスの常識を打ち破ろうとか停滞している雰囲気を壊そうとか言うコーチングとか自己啓発とかあとはマルチ商法とかのたとえ話としてよく使われるやつらしく。ていうか今「カマス実験」とか「カマス理論」で検索したらそんなのしか見つからなくて。

自分このカマス実験の話は今さっきまで知らなかったのだけど、似たような話は聞いたことがある。「ノミのサーカス」というやつ。

ノミを箱の中に入れてふたをすると、ノミがジャンプするとふたにぶつかるので、そのうちジャンプすることをあきらめてしまう。ノミのサーカスに使うノミが飛んで逃げないのは、このあきらめたノミを使うから。

これは明らかにウソで、ノミのサーカスに使うノミは逃げないようにくくりつけてある。ノミのサーカス見たことがある人は少数派だから、こういうウソをついてもばれにくいし、実際ばれにくかったのだけど。

さて、この話を知っていたからカマス実験についても少しばかり興味を持った。まず、カマスっていう魚を選んだところが面白いなと思った。カマスがすぐ連想出来る人はやっぱり少ないだろうから。これがクジラだったら信じる人間はかなり減るだろう。ていうか「クジラを水槽に入れてガラスで仕切った」と仮に言われて「んなことできるかよ?」てツッコミが入らない人はここでお帰り頂いて結構です。

で、カマスって魚もよく知らないが、まずどんな大きさなんだろうか?というところに興味を持った。クジラほどじゃないけど、小魚を食べる肉食魚ならある程度の大きさはあるだろうから。回遊魚なら単なる水槽で実験するのも大変だろうし。

その次に思ったのは、餌の小魚は生きているんだろうか死んでいるんだろうか?ということ。動かない餌ならそこに向かわなければ捕食できないけど、生きてる小魚ならもともとガラスのあったところを通ってカマス側に来ることもあるだろうとね。実際学習能力のあるというカマスと、ただ餌になる小魚だと、ガラスに対する意識も違うだろうし。

さらに思ったのが、この実験はどのくらいかけて行ったんだろうか?ということ。1時間なのか1日なのか1週間なのか。ていうかカマスは餌なしで何日くらい生きられるんだろうか?ということ。

カンのよい方はこの辺でこの実験の正体がかなり怪しいことに気が付くと思うんだけど、日本語ではこの辺の話が見つからないので、せめて英語サイトだけでも、と思って調べてみた。

とはいえ、カマスって英語でなんて言うんだ?日本のカマス英語圏のそれは同じ魚なのか?まあよく分からないので、Wikipediaで最初に出てきた'Barracuda'でさっさと探してみた。'Barracuda experiment glass'てな感じでgoogleをand検索ですよ。

したら一番最初に出てきたのがまさにその話ですよ。まあ正確な実験レポートじゃなくて、やっぱりビジネス講座のコラムかなにか。ていうかこれ

そのまんま英語圏から輸入してきた話なのね。ということは、カマスBarracudaでいいことになる。え、ということはつまり、あの全長1mを越えることもあるという大きな魚を水槽に入れたんですか。水槽の大きさはなんとかなるとして、仕切るガラスを出し入れするのは大変だったろうなあ。

で、読み進めて行くうちに思わず笑ったのが、

Like the elephant, barracudas are slow learners. So for weeks the barracuda banged its head on the glass trying to get at the food.

(強調は引用者による)
おいおい。学習効果がないからって数週間もほったらかしかよ!

ちなみにこれはbarracudaではなく日本のカマスの餌付けについてですが、

そこで今までは体力の衰えを心配して時々金魚を与えていましたが、それを止めてみることにしました。カマスたちが口にできるのは切身だけです。食べず嫌いのカマスたちは段々痩せてきました。しかし、ここで金魚を与えると切身に餌付かなくなります。10日くらいたって切身を食べるものが現れてきました。みんな空腹に耐えきれなくなったようです。

10日もすると空腹に耐えきれなくなるとか。とすると数週間ほったらかしにされたカマスは、ガラスの存在を学習した、というより、空腹で動けなくなった、という方が正しいのじゃないかと思う。さらにいうと、ガラスなんかなくても日本のカマスは見慣れない餌は食べないのね。*1

ということで、僕もこのカマスの話を聞いてこんな話を考えた。カマス理論を使おうと思った方はこちらも使って頂くと良いんじゃないだろうか?

あるところに説得力のあると有名な講師がいました。この人が講演で「カマス実験」の話をするというので、大事な話かと思って社長のあなたは社員に聞きに行かせます。ところがこの元の話には信憑性がありません。同じような信憑性のない話を別の有名な講師からも聞いたりしているうちに、学習能力が働いて、その後まともな話を有名な講師がしても、誰も信じなくなってしまいました。そのうえ、説得する目的のほうがいくら正しくても、社員は誰も信じてくれません。「ウソも方便」とか言ってデタラメな話をしていると、業界全体がデタラメなところだと思われてしまうという話ですね。さて、あなたはどうしますか?

もう一つ、こんな話も考えた。

あるところでカマス実験と同様の状態になっている会社がありました。この実験で言うところの「ガラス」を取り除いたのは良いのですが、誰も動こうとしません。というより「ガラス」のせいで空腹になって、誰も動けないのですね。ここにさっき捕獲してきた、活きの良いカマスにあたる新入(中途)社員を入れてやりますと、あちこち動き回って餌をとります。さて、あなたはこの状況から

  • やっぱり既成概念に凝り固まった魚を扱うのは難しいな
  • 餌をやらないで動かない魚には餌をやらないと、そのうち死んでしまうな

どちらがより大事なことだと思いますか?

さらに日本向けには、こんな話も作れます。

カマスを餌付けするという実験があるのですが、この場合カマスは見慣れない切り身を食べません。でもここであきらめてはいけないのです。やがて空腹に耐えきれなくなったカマスから、切り身を食べ始めます。新しいビジネスも同じです。顧客を飢餓状態にしてやれば、どんなものでも受け入れるんですね。

教訓(講師向け): たとえ話は誤解の元。
教訓(受講者向け): たとえ話をする講師を信じるな。

*1:ま、これを使うとカマス理論が崩壊するから使えないんだろうけど